文化祭(訪問編)/今昔物語9

来ないならこっちから行くぜ!

 明治の文化祭が本番なら、周囲の女子校の文化祭は、いわば前夜祭や後夜祭だ。男子校にとって知り合い集めのための必須の行事であった。
 しかし、当時の男子禁制な学校の文化祭への入場は、決して簡単なものではなかった。それは、近親者のみが入手できる、チケットが必要だったからだ。
 小・中学校での同級生、姉や妹や親戚などを介してチケットを入手。ここから、すでに祭りのはじまりだ。このチケットを持っているだけで一躍クラスの人気者となるほどだった。

綿密な作戦が勝利を呼び込むのだ!

 文化祭に訪問すると、展示物などそっちのけ。まっしぐらに声を掛け、デートや合コンに繋げるかがポイント。ここで、気をつけなければならないのが、決して高校3年生に声を掛けてはいけないことだ。我々と違って、相手は受験を控えていることが多いので成功率は低い。まっしぐらに、高校2年の教室に向かうのが必勝法の1つだった。
 うっかり中学生の教室に行ってしまい、仲良くなってしまうのもご愛嬌。それはそれで、楽しい時間だった。

明治でよかった!のだろうか?

 何ごとも、おおらかな時代で、前ページでも伝えたように、電話番号までであれば簡単に教えてもらえた。
 これは、「明大明治」というブランドがあったことも大きい。当時はそれほど意識していなかったが、明治は周囲の女子校に人気があった。女子校の文化祭からの帰り道は、「明治に入ってよかったな」とみんなで同意しながら歩いたものだった。もっとも、共学だったら、こんな苦労する必要もなかったのだが――。
 そんな思い出の文化祭訪問は、今はほぼ行われていない。それはそうだろう、今は自給自足できるのだから――。
 ちなみに、明大明治の文化祭への来場者は、在校生の保護者ほか、受験を控えた小学生・中学生とその保護者がほとんどとなっている。ここではナンパが行われることは考えにくい。

<コラム>

魂のふれあい、合コン

 合コン、平成元年における定義では、思春期のオス・メスの魂のぶつかり合い、すなわち「合魂」が転じて合コンとされる(出典:民明書房)。 男子校生徒にとって、異性との交際への最初にして最大の場であり、この場を創造できる者(幹事)は、もはや神として崇められた。

▲あの頃磨いたさまざまな合コン術は、その後ビジネスでも大いに活かされた
『大人の合コン力検定」石原壮一郎(ソフトバンククリエイティブ)

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