B組 安部友巳先生 / 27年後の訓示

 黒板に最初に書かれた文字は「仁義」。強面な雰囲気で緊張感漂う授業だったが、その一貫した態度に、多くの生徒が虜になった。
 厳しい反面、心に響く言葉も多かったあの頃から 年。再び訪れた教室で、安部劇場は当時のまま開演。あの頃がフラッシュバックするような時間を過ごすこととなった。

勉強の時間を削って友の為に時間を使っていた。

 実は君たちの学年が、私が最後にクラス担任を受け持った学年となったんだ。諸君が卒業したあと、学年主任や生徒指導主任と続き、結果として最後のクラス担任となったので、強烈な印象が残っている。
 諸君の時代の明高生と言えば、打たれ強さと逞しさがあった。蹴られても踏まれても、何ともなかったように立ち上がるような精神力があった。
 そして仁義があった。根が悪いやつはいないので、悪さをしても、説教くらわして反省させれば、ほとんどは気持ちを入れ替え復活して大学に旅立っていった。
 ひとことで言えば、人間力があったのだろう。あの時代の体育祭や文化祭で、勉強そっちのけで諸君がやってきたこと、すなわち友達のために自分を犠牲にしてきてまでやってきたこと、それらは必ず今の時代にも活かされていると思う。
 あの頃のあの時間は、ノスタルジー的な感覚や皮膚感覚で、良かったと思っていることだろう。
 それは決して間違っていない。すべてがいいとは思わないが、あの感覚はずっと大切にしていってほしい。

あの場所で培った発想を今活かすとき!

 45~46才になったということは、引退までは最低でも15年くらいはあるだろう。会社員であれば、中堅、もしくは役職についている者もいるだろう。
 人生でも仕事の中でも、いろいろ潮目が変わってきて、その変化に対応するために、勉強しなければならないことも多いだろう。しかし、諸君たちは、それに対応する力を持ち合わせている。あの3年もしくは6年で必ず身につけているはずだ。
 そして君たちには、この国を、今の子供たちが大人になったときに「いい国で育った」と思えるようにしてほしい。その下地を作るのが、ちょうど諸君たちの年代の役目なんだ。
 そのためのアイデアを発想する人間を育てるための、中学・高校時代だったはずだ。あの場所で培った逞しさをもっと磨いて、対応力をつけて、子供や後輩のために頑張って欲しいという気持だ。
 これが私からの「アベノミクス」だな。

27年前の訓示(卒業アルバムより)

 卒業おめでとう!
 情報化社会に出帆する諸君は、如何なる状況にあっても、何事についても、すぐに ○×がつけられる実力を付けてください。そして男としての筋目だけは違えないで生きられる力もつけて下さい。